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青戸くんと私は同じ会社で働いていた。
彼はこの春に私のいる部署に異動にしてきた後輩だった。秋から同じチームになり、隣同士のデスクで仕事をする事になった。
業務上必要なやり取りをする事はあったが、それ以上に青戸くんと話をする事はなかった。
青戸くんは以前いた部署と今の部署で仕事内容が全く違うらしく、いつも余裕がなさそうだった。私はこの部署に配属になってもう3年目だったが余裕があるわけでもなく、隣同士お互い自分に与えられた仕事を片付ける事で精一杯の毎日だった。
そんな私と青戸くんが初めて仕事に関係ない話をしたのは、彼が異動してきて半年後の秋の夜だった。その夜の節電の為に照明が半分に落とされた薄暗い事務所には、私と青戸くんしか残っていなかった。
「ねぇ今何が食べたい?」
声を掛けたのは私の方からだった。隣の席で真剣にパソコンと向き合っていた青戸くんに向かって私は短く当たり障りのない質問を投げた。
長い沈黙の後、青戸くんはふと顔を上げて『え?』と声を洩らした。
「星埜(ほしの)さん、もしかして僕に聞いていますか?」
「うん。だって周りを見てよ。この部屋、私と青戸くんしかいないよ?青戸くんが答えてくれなきゃ私の独り言になっちゃう」
「わー本当だ。2人きりですね」
きょろきょろと部屋を見回した後、青戸くんはそう呟いて口元を綻ばせた。
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