二度目の大晦日

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敗北の味を、まだ知らない。 墨汁の色をしたあの闇を、セメントに全身が沈んでいくような感覚を、知らないんだ。 知ったとき、こいつはどうなってしまうだろう。 負けから始まって強くなろうと足掻いてきた俺には、最初から勝ち続けている人間の気持ちはわからない。 そんな人間が初めての敗北を喫したあと、どうなってしまうのか……想像しては不安になる。 容姿も能力も兼ね備えた智典。 その強気な発言のベースには、自惚れが多分にあるはずだ。そこへ挫折のハンマーが打ち下ろされれば容易に亀裂が生じるだろう。そして粉々に壊れて、二度と再生できなくなるのではないだろうか、と。 喉奥から、長い吐息がこぼれた。 思考することに疲れて、もう夢に逃げてしまおうと目をつぶる。 そのとき、かすかな匂いがした。 若草のような青っぽい匂い。智典の匂いだ。 同じシャンプーを使っているのに異なって感じる匂いに、せつないような温かいような、不思議なものが胸に満ちてくる。 それに浸りながら、隣から聞こえる安らかな寝息に耳を澄ませているうちに、俺の意識は淡いグラデーションになって溶けていった。 【続】
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