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「今までボクシングに興味なかった智くんが、どうして急にボクシングの世界チャンピオンを目指すのかと思ったけど、……なるほど、その貫一さんとやらのためか」
俺はじっと頷く。
吉田ジムを覗いたとき、古いが隅々まで手入れが行き届いている印象を受けた。
リングも、サンドバッグも、練習用のグローブも、大事に使い込まれてきたのだとわかった。
そして、サンドバッグを打っていた貫一さんはとても真剣でひたむきな顔をしていた。
彼とリングで向かい合い、ぶつけられた彼の拳からボクシングを好きな気持ちがひしひしと伝わってきた。そのとき思ったんだ。
「生まれて初めて心底惚れた相手を、世界中の誰よりも幸せにしたいんです」
ジムのオーナーでありボクシングを愛する彼にとっての幸せ――育成した選手の成功。
世界を獲った俺の姿は、彼を世界一喜ばせることができるだろう。
「そのためには、どんな努力も惜しまない」
早朝から走り、吉田ジムでトレーニングしたあともKフィットネスで鍛え、暇さえあれば有名選手の試合動画を見て研究している。自分ができることは何でもする。
……それでも、悔しいが、自分の力ではどうにもならないことがある。
親のコネに甘えるなど情けないが、背に腹は代えられない。目的のためなら何でもする。
「父さん、俺、貫一さんに出会うまで毎日なんとなく過ごしていたんです。何かをしたいだなんて衝動、感じたこともなかった。
そんな俺に、貫一さんは目標を与えてくれた。貫一さんがいてくれるだけで、俺はいくらでも頑張れる。……選手のモチベーションをこれほど高められる指導者なんていません。彼がいないと俺は戦えない」
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