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本当は言いたくなかった。
言えば母さんは絶対に心配して反対する。
けれど未成年の俺がプロテストを受験するには親権者の承諾書が必要なので避けては通れなかった。
案の定、母さんは「ボクシングなんて危ないわ」と反対したけれど、俺の2時間におよぶ説得に応じて承諾してくれた。
最終的に、母さんの心を動かしたのはこの言葉だった。
「智典が言ったんです。俺はジムの会長の貫一さんを愛している。彼のために世界を目指したいんだ、と」
愛、それは、社長夫人という椅子も世間体も蹴り飛ばして美咲さんと生きることを選んだ母さんにとって至上のものだ。
「……本当は、この子がボクシングをするなんて反対だったんです。この子が殴られるところなんて見たくない。今も、心配でたまりません。
……だけど愛さえあれば、どんな苦難の道もバラ色になる。それはこの子にとって何よりも幸せなことだと思うんです。ねぇ、美咲」
美咲さんは清らかな笑顔で頷いた。
「吉田さん、私たちの息子のこと、よろしくお願いします。公私ともにしっかり指導してください」
「あら美咲、そういえば吉田さんは智典と結婚するのだから、私たちの息子になるわね」
「ええ、そうね。家族が増えるわね」
ふふふ、と微笑みあって、美咲さんが母さんを促した。
「あまり長居したら練習の邪魔になるわ。行きましょう静」
「そうね。じゃあ吉……貫一くん、これからよろしくね」
寄り添って去って行く二人を、貫一さんは放心したように見送った。
「親公認になりましたね、ハニー」
にっこり笑いかけると、貫一さんはがっくりと肩を落とし、はぁぁーーと長い溜め息をついた。
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