~あまつかぜ~

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 先輩の言葉は、高笑いから続いていた。 「まぁ、そうだな。好きな人、か」  足を組み、腕を組み、顎に指を当てて考える。  肩から長い髪が落ちる。 「強いて言えば、ヤナギー、かな」  強いて言えば、………かな。  え? 今、誰と? 「私は異性にあまり興味はない。だが、ヤナギーは特別だ」  ヤナギー。よかったな。先輩がお前のこと誉めてるぞ。 「ヤナギー、聞こえているかい?」 「は、はい」  ヤナギー。そうそれは、自分だ。  僕だ。  だけど僕じゃない。  僕なんか、先輩と釣り合わない。 「逆に、ヤナギーは誰なんだい?」 「先輩です」  即答。  我ながら気持ち悪い。 「私?」 「はい」 「本当に?」 「はい」 「そうか」  ほーう、と。先輩はまじまじと僕を眺めた。  信じられない現実が、今目の前に実現されていた。 「それは……」  それは? 「不運だね」  まったく、その通り。 「もっと早く、分かっていれば」  まったく。 「でも、幸運でもあるのかな」  それはもう。 「私は君が好きだと気づき、君は私が好きだと告白できた」  そうです。 「相思相愛だね」 「はい、……まったく」  信じられないくらい幸せだ。  そして同じくらい不幸せだ。  僕は先輩と想いあってるのに、その想いに違いはあれど、想いあってるのに。  僕たちは、あと数日しか一緒にいられない。 「ねぇ、ヤナギー」 「はい」 「僧正遍昭、という人を知ってるかい?」 「知ってます」  有名な歌人の歌を集めた、現代にまで残っている百人一首。その中に名のある歌を残した人だ。 「あまつかぜ、雲の通い路、ふきとぢよ、乙女の姿、しばしとどめむ」 「有名な歌ですね」 「君は、遍昭様と同じなのかもしれないね」  そうですね。私はあなたをもっと見ていたい。  もっと近くにいたい。  ずっとあなたといたい。  でも。 「いえ、違いますよ」 「ほう?」 「僕が好きなのは、先輩らしい先輩です」 「ほう」 「先輩は、知らないことが好きで、ワクワクすることが好きで、そういうことがあると、僕らに関係なく飛んでいく」 「そうだね」 「そんな先輩が、僕は好きです」 「うれしい限りだ」 「だからね、先輩」 「うん」 「僕はあなたを送り出します」
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