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「うわっ!」
ムシが前の足を振り下ろした。アサギの呪縛が解けてしまったのだ。思わずトキは、両手でその前足を受け止めていた。
「いぃつっつ!」
鋭く硬い毛が手の平に食い込んでくる。しかも、強い力でぐいぐい押してくる。確かカブトムシは虫の横綱…。膝ががくっと折れた。
「アサギちゃん!なんとかしてよ!」
足元のキッキも立ち上がれないでいる。トキが支え切れずに地面に倒れた。後ろの足で背中を踏まれた。
「がっ!」
「祝詞が解かれるなんて」
アサギがくやしがり、懐剣を持ったまま、空を切り出した。
「臨、兵、闘、者、皆、陳、烈、在、前!」
一文字唱えるごとに懐剣で切った風が光となってムシに向かってきた。その一筋がトキを押えていた足をすっぱりと切断した。
「フシューッッ!」
ムシが苦しげにうめいて、揺れた。次々と光の筋が、その黒い体を切断し、断片が一瞬光り消えていった。全部が消え、その場の気がふっと緩んだ。
トキはどっと力が抜け、へたりこんだ。キッキが膝の上に乗ってきた。
「キッキー…」
礼を言っているらしい。なんとかうなずいた
「トキ、大丈夫か?」
満身創痍で。大丈夫じゃない。痛くて下を向いていると、アサギが左袖の中に手を入れ、襦袢の袖を引きちぎリ、手に巻きつけてくれた。
「アリガト」
礼を言いながらも、トキは半べそだ。こんな超常現象。極力避けてきたのに。見えるものも見ないようにして。
「ミツカ…」
神原老人が女を抱き起こしていた。
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