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草深の祖父が亡くなってから、まもなく一年が経とうとしていた。アサギは、専門学校の試験に合格して都会のトキの家に下宿しにやってきた。老人の多い里のために介護士の資格を取ろうとしているのだ。資格を取ってもしばらくは都会で経験を積むと言っていた。バイトも介護補助スタッフの仕事を探してきた。勉強と実益を兼ねているわけだ。
トキは卒論で今から頭が痛い。バイトもそれなりにしかやってないのに、就職活動が出遅れているため、落ち着かない。 サヨはアサギの同居に娘が出来たと大喜び。旦那が海外赴任中で寂しさもあり、それまで余計なというほど息子の世話を焼いていたのに、手のひらをかえしたように面倒見なり、アサギの影響で、トキをこき使うようになった。
「叔母さま、今どきの男の子は、家事くらいできないと、お嫁さんに逃げられますよ、ちゃんとしつけておかないと」
犬並みである。いや、キッキよりも格下だから、犬以下。
大学に出掛けようと玄関でスニーカーを履いていると、サヨが買物リストを寄越した。
「学校の帰りにこれ、買ってきて」
「こんなの、かあさんが昼間買ってくればいいじゃん」
玄関先に来ていたアサギがきっとにらんだ。
「叔母さま、最近肩こりがひどいんだから、重いもの、もたないほうがいいの!」
はいはい。
アサギには反論無用。
ジャケットのポケットにねじこんでMTBにまたがる。駅までの二キロ半を快適に走る。後ろからアサギがママチャリで追い掛けてきた。ギア付きに勝てるか!
だが、どんどん距離を詰めてくる。
「うっそ!」
もしかして、電動アシストだったっけ?
トキがピッチを上げた。高台地区から長い下り坂を駅前方面に降りて行く。その横を黒髪の風が通っていく。
「おっさき~!」
スカートが風をはらんでひらめいた。白いものが視界に飛び込んできた。
「うわっ」
ここで転んだら悲惨だぞ!
必死でハンドルコントロールした。アサギは、恐れを知らぬスピードで下っていく。朝からトキの連敗だった。
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