1)朝の日常

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トキは神原の家を伺ってみた。車庫に車はなかったので、おばさんはまだ帰ってきてないのだろう。 隣の家から出て来た影とぶつかりそうになった。 「あれ?佐久本?」  隣の家の恩田も神原と一緒の小学校の同級生だった。  神原老人のことを聞く。 「俺もボケてると思わなかったけど、大峰神社の桜が切られるって話聞いてから、元気なかったよ」  そう、その大峰神社だ。大きな桜の木があるのだ。 「あの桜、切られちゃうの?」  ここ数年花が咲かなくなったのだそうだ。樹齢が五百年とかで、樹木医にも診てもらい、いろいろと手当てしたが駄目だったという。もう寿命だそうだ。  礼を言って、少し離れたところにいたアサギを手招きした。 「急ごう」  走り出したふたりを見送った恩田の目がうらやましげだった。みんな、アサギの見た目にだまされる。  大峰神社は、駅の反対側にあり、本殿や社務所は小高い丘の上にある。本殿の裏に『美束の桜』というエドヒガンの古樹があった。枝が四方に張り出して、かなり広がっているので、春満開になると、それは見事な『さくらさくら』の世界になる。  ふたりが神社に着いたときは、すでに日が暮れていた。本殿への階段を駈け上がった。 「あっちだよ!」  その方向にぼうっと白く浮び上がる樹の影があった。  トキが戸惑った。アサギが右のこぶしを握り締めた。 「やな感じだ。ひょっとすると…」  そういえば、なんかぞくぞくする。 ああ、まさか、こんな神も仏も逃げ出した都会に?逆に神仏が守ってくれないから、百鬼夜行はあり?  トキの足が止まった。気付いたアサギががっとトキの腕を掴んだ。 「ぐすぐすしない!」  やだよ!  最近心の悲鳴が増えた。  本殿横の玉砂利をざくざく通っていく。大きな木が見えてきた。幹のあたりにうずくまる人影があった。 「あ、神原さん」  アサギがトキの手を離して駆け寄った。確かに神原のおじいさんだ。アサギに抱き起こされて、気がついた。 「アサギさん?」 「だめですよ、家の人に黙って出てきては。みんな心配してますよ」   神原老人は弱々しく首を振った。
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