1)朝の日常

7/13
前へ
/13ページ
次へ
「ゆうたら、出してくれん。どうしても、見に来たかったから」  今にも泣き出しそうな顏だった。 「この木は枯れてなんかいない、『彼女』は、まだ…」  この桜の木に何か特別な思い入れがあるのか。 アサギに言われて、トキがおぶったときだ。 シュルン!  空を切る鋭い音がして、桜の木から、ツルのようなものが飛び出てきた。 「なんだ!」  神原老人の足に絡みついた。 「あっ!」  神原老人の体が木の方に引っ張られて行く。トキは抵抗しようと前に踏み出した。 「わぁ!」  ツルが更に出てきて、トキの足や体にも絡み付いてきた。 「トキ!」  アサギが伸ばしてきた手をつかもうとした。しかし、ものすごい力で引っ張られて、掴めなかった。木の幹に叩き付けられると思った。だが、ふたりの体は、桜の木の下に吸い込まれていく。外の景色が丸くフェードアウトして。完全に閉じられた。トキは気が遠くなった。  体のあちこちが痛い。起き上がろうとした。 「いっ!」  右の足首がずきんとした。ツルに引っ張られたときに痛めたようだ。すぐ側でうめく声がした。 「おじいさん!」  肩をゆすると、頭を上げた。ほっとした。だが、安心してもいられない。 ここは、いったいどこなんだ?桜の木の中なんて言われても…いや、そうなんだろう、そういうことにしておこう。どうせ、まともな場所ではない。異空間だの、魔界だの、地獄だの、どうとでも名付けてくれ。 「アサギちゃんは…?」  ここにはいない。どうやら、巻き込まれなかったらしい。よかったような、むかつくような。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加