0人が本棚に入れています
本棚に追加
「ゆうたら、出してくれん。どうしても、見に来たかったから」
今にも泣き出しそうな顏だった。
「この木は枯れてなんかいない、『彼女』は、まだ…」
この桜の木に何か特別な思い入れがあるのか。
アサギに言われて、トキがおぶったときだ。
シュルン!
空を切る鋭い音がして、桜の木から、ツルのようなものが飛び出てきた。
「なんだ!」
神原老人の足に絡みついた。
「あっ!」
神原老人の体が木の方に引っ張られて行く。トキは抵抗しようと前に踏み出した。
「わぁ!」
ツルが更に出てきて、トキの足や体にも絡み付いてきた。
「トキ!」
アサギが伸ばしてきた手をつかもうとした。しかし、ものすごい力で引っ張られて、掴めなかった。木の幹に叩き付けられると思った。だが、ふたりの体は、桜の木の下に吸い込まれていく。外の景色が丸くフェードアウトして。完全に閉じられた。トキは気が遠くなった。
体のあちこちが痛い。起き上がろうとした。
「いっ!」
右の足首がずきんとした。ツルに引っ張られたときに痛めたようだ。すぐ側でうめく声がした。
「おじいさん!」
肩をゆすると、頭を上げた。ほっとした。だが、安心してもいられない。
ここは、いったいどこなんだ?桜の木の中なんて言われても…いや、そうなんだろう、そういうことにしておこう。どうせ、まともな場所ではない。異空間だの、魔界だの、地獄だの、どうとでも名付けてくれ。
「アサギちゃんは…?」
ここにはいない。どうやら、巻き込まれなかったらしい。よかったような、むかつくような。
最初のコメントを投稿しよう!