1)朝の日常

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外に出られるのか。さっぱりわからない。周囲を見回す。 「あ…」  大きな木の根っこが、白くぼうっと浮び上がっている。その根っこにしがみついている黒々とした巨大なものを見て、トキは悲鳴を上げた。 「ひぇー!」  口はセミのように針になっているがちょっと見にはカブトムシだ。口針は根っこにぐさりと刺している。それで樹液をすすってる。長いつのがあり、羽根も硬い黒々としたものとその下から薄く透けたものが何枚も広がり無数の触手も出ている。六本の足の爪も太いかぎ状で、木肌に食い込み、赤い樹液が流れている。まるで血のようだ。 バイオ研究かなにかで異常に成長してしまった虫だったらいいが、どう見ても、物の怪、妖怪のたぐいだ。トキは泣きたくなってきた。 立ち上がった神原老人がよろよろと根っこに近付いて行く。 「だめだよ、いっちゃ!」  トキが止めようと立ち上がったが、すぐに痛みでうずくまってしまった。 「やめろ…やめてくれ!」 神原老人が悲痛な叫びを上げた。  トキが息を飲んだ。お化けムシがしがみついている根っこから白く長い髪の着物を着た女が浮び上がってきた。ムシの口針は、その女の首筋に深々と刺さっている。 「ミツカ!」  神原老人が呼んだ。女がシワのある真っ白な顔をふたりの方に向けてきた。トキは、その顔をどこかで見たことがあるような気がした。 「ナオヤさま…」  必死に指先を伸ばしてくる。神原老人が駆け出した。  トキはなにがなんだかわからないが、神原のおじいさんは守らないといけない。ここで行かなかったら、アサギにめちゃくちゃ怒られる。トイレ掃除一ヶ月では済まない。痛む右足をかばいながら追った。ムシが頭をこちらに向けて来た。口針を神原老人に向かって伸ばした。 「危ない!」  とっさにトキが押し倒した。口針は逸れて地面に刺さった。ムシはまた勢いよく伸ばしてきた。 「わぁ!」  トキは神原老人にかぶさったまま頭を抱えた。 「キキッ!」  頭の上を鋭い鳴き声が通っていった。見るとキッキが飛んで来た。
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