第二章「六年目の春」

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 この世に永遠のものなんて存在しない。春休みのある日、ふと2つ上の兄がそう言ってたのを僕は覚えている。どんなに人間が最先端の医療で人の命を延ばそうとしても、その日はやがて来る。その時は、僕にも、兄にも、父にも、母にも、先生にも、そして、「彼レ」にも等しく平等に降りかかってくるのだと。だが、当時の僕には、人が死ぬというのは随分と気の遠くなるような話だったし、身近な誰かを失うという経験も、高校生になって祖父が死ぬまでは知ることがない経験だった。だから、別れの時が刻々と迫りつつあるのを僕は知る由もなかった。    僕たちの学校では、6年生になると秋の学芸発表会で演じる演劇の準備が始まる。演目名は忘れてしまったが、僕たちが演じたのは、日本に昔存在した民族をモチーフとした作品で、主人公の少年が風の精霊を探して旅をするというものだったと思う。この物語には、途中で少年が、笛を吹く少女と出会い片思いするが、実はその少女の正体が風の精霊であり、最後は少女が風に乗ってどこか遠い国へと消えてしまう...という結末を迎えるものだ。この結末を知ったとき、僕は、ふと兄の言葉を思い出す。人との出会いがあれば、それは同時に別れがある可能性も生み出す。別れの悲しみが、どれほど辛いものなのか、当時の僕には全く分からなかったが、それが何かとても悲しいものであるというのは何となく知っていたのかもしれない。もし、自分が大事な人と別れることがあったら...と想像をしてみることもあったが、想像の悲しみは実際に味わう悲しみとは比べ物にならないほどちっぽけなものなのだろう。  そのころの僕と「彼レ」はといえば、相変わらずだった。いたずら好きな僕は、休み時間になると、「彼レ」をからかったり、「彼レ」の持ち物を盗んでは、顔を真っ赤にした「彼レ」と追いかけっこをする毎日だった。この6年間で僕は、「彼レ」の笑った顔や泣いた顔、怒った顔など様々な「顔」を見てきた。そして、「彼レ」が入学式の時に覗かせた、どこか遠くを見つめたような顔も。  
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