第二章「六年目の春」

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 春が過ぎて、「彼レ」は教えてくれた。まだ記憶も朧な時期に事故で両親を亡くしたことも、それ以来は「彼レ」と同じ境遇の子どもたちを預かる施設で過ごしていたことも、僕は「彼レ」の過去を知ってしまった。それは、僕のまったく知らない世界だった。出会いがあれば、その先には更に悲しい別れがある。しかし世の中には、出会いを知らずして別れを経験した者がいるのだ。別れの悲しみの大きさが、出会いの喜びで打ち消せないことを知っていた僕は、「彼レ」がどうして不意にどこか遠くを見つめたような表情を見せるのかを遂に理解した。それは、深い悲しみを味わったものが無意識のうちに心に宿す傷の表れなのだと。そして、「彼レ」は言う。今は、僕がいるから大丈夫だ、と。僕がこの世界の楽しい部分を教えてくれたのだと。だから、これからもよろしくね、と。しかし、それでは「彼レ」の曇りある表情を完全に晴らすことはできない。僕は、どうにかして「彼レ」の傷を癒してあげたいと思い、これからも変わらず一緒にいることを決めた。
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