第三章「十年目の春」

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 別れの瞬間は突然と現れる。現れたら最後、僕たちがどんなに嫌だと言っても、時間は巻き戻ることがない。中学の冬休みの宿題に書初めがあった。一度、自分で筆を入れてしまったら、後には引けない。修正の利かない軌道を、ただ書き進むしかない。人生もまた、自分の選択によってそのコマを進めるが、決して後戻りすることはできない。もし、自分に後悔したとしても、その選択を無かったことにすることはできないのだ。  同じ市内の公立中学校に共に進学して、僕には僕だけの友達、「彼レ」には「彼レ」だけの友達ができるようになった。小学校で6年間同じクラスだった縁も、中学に入っては途切れてしまった。僕たちが学校ですれ違う日も、ずいぶん減ってしまった。しかし、それでも僕は「彼レ」との約束を忘れるつもりはなかった。時間を見つけては、「彼レ」と話す機会をつくろうとした。もちろん、「彼レ」も快く応じてくれた。僕は、文化部と呼ばれる部活に入っていた。中学生活もそれなりに楽しんだ。「彼レ」は、陸上部に入り、県大会に出場するほどの実力を身に着けた。最後の大会で、僕は「彼レ」の応援に行った。決勝、惜しくも5位に終わってしまったが、走り終えたその顔には一点の曇りもなかった。僕はその姿に、「彼レ」はつらい過去を乗り越えることができたのだと感じた。しかし、その一方で「彼レ」が離れていくような気がした。  それぞれの進路が決まった。僕は地元の公立高校に進学が決まった。しかし、「彼レ」は市外の進学校に推薦で進むことが決まっていた。卒業式の日、珍しく桜が咲く木の下で、僕は「彼レ」、いや彼女に自分の気持ちを伝えた。これからも彼女の傍にいたい。しかし、「彼レ」は僕に謝った。「彼レ」は僕との関係が変わることを恐れていた。だから、三年前、一緒にいようと言ったのだと。「彼レ」が彼女に変わることを望んでいたのは僕だけで、「彼レ」自身は「彼レ」で在り続けたかったのだ。風に吹かれて、咲きたての花が散ってしまう。別れ際、彼女はこれからもずっと友達でいよう、と言ってくれた。しかし、僕たちの間に生じたほんの少しのずれは、僕たちを二度と再会させはしなかった。
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