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いつまでも忘れない。 忘れられるはずがない。 一刹那の感情というものはとても強いエネルギーをもっている。ただし、それは一過性のものであって、その熱量を持続するのは難しい。 人の心は簡単に移ろうものだ。 絶対や永遠なんてものは存在しない。 そう思っていたからこそ、僕はあえて永遠というものを作りたかった。 全ては彼女に捧ぐために。 「君の目にはこの世界ってどんな風に見えているのだろう。実に興味深い。」 美術室で一人キャンバスに向かっている時、彼女は突然現れてそんなことを口にした。 あまりにも集中していたため、僕は背後にいる彼女にまるで気が付かなかったらしい。 彼女は佐久間雪。美人だけど相当な変人として名の知れた隣のクラスの女子生徒だ。 「森野君、だったっけ?いつもここで絵を描いているの?」 彼女が僕のことを知っているだなんて驚きだった。 この高校に入学して半年、おそらく彼女のことを知らない人は同学年にはいないはずだが僕はクラスメイトですら名前を覚えていない可能性があるほど影の薄い存在だった。 「隣のクラスなのになぜ僕のことを?」 「なんだか野良猫みたいで気になったから。」 初対面の人にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、噂に違わずやはり変な人であることは間違いないらしい。 「それに君には同じ匂いを感じたんだ。」 ますますもってわけのわからないことを言う人である。 僕はそうですかと生返事をしてまたキャンバスに向かった。 その後はしばらくお互いに黙っていた。彼女は本を読み始め、僕は絵の完成に向けて筆を走らせた。ただ不思議とその沈黙は居心地を悪くさせる類のものではなく、むしろ心を落ち着けてくれるような心地よいものだった。 気が付けば時刻は午後5時をまわっていた。 美術室が夕焼け色に染まる。 「もうこんな時間か。そろそろ帰らない?」 誰かと一緒に過ごすということが苦手な僕にとって、ここまで長く同じ空間にいて違和感なく過ごせたのは奇跡に近いものがあった。 「ねえ、またここに来てもいい? 君の絵、とても興味がある。」 そんなことを言われたのは初めてで、僕は満更でもない気持ちになり彼女の問いかけに小さく頷いた。彼女はそれを見て満足そうに微笑むとじゃあまたと手を振って帰っていった。
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