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1階の中庭を突っ切る廊下を通ろうとして、ピタリと足を止める。
聞き慣れた声に、思わず扉の陰に身を隠した。
――里見先輩。
「敬、ちょっと屋上まで来てくんないかな?」
先輩を呼び捨てにする女の声に、「えーッ」とダルそうな声が答える。
「イヤに決まってんだろ。寒ィじゃん」
「んなこと言ったら、ここも寒いわよ」
「だから早くしろよ。何だよ、和美」
「あんたねぇ、今日が何の日か考えたら判んでしょ。恥かかせたら、タダじゃおかないんだからね」
こんなに他の生徒が居る中で、とグチるように言った女生徒に、里見先輩は笑ったようだった。
「かかせねぇよ」
その台詞に、ヒュッと息を吸ったまま、俺の心臓は止まってしまったんじゃないかと思った。
「ほら。……言っとくけど、義理じゃないんだからね」
「お。サンキュー」
「……受け、取るん……ッスか……」
思わず呟いて、口を両手で押さえた。
乾いた唇から洩れた言葉は、これ以上ないくらいに掠れていて、先輩達には聞かれている筈もなかったけれど。
俺が言うべき言葉じゃ、なかったから――。
勝手に自惚れて。
期待して。
「バカ…っすね、俺……」
遠ざかる2人の足音を聞きながら、俺は片手で顔を覆っていた。
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