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序
女は楽しみにしていた。
ホテル・ウエスタンスタイルは、海を望む小高い丘の上に建つ、古い洋館を改築したという高級ホテルである。
格付けの雑誌で最高ランクの評価を取ったこともあるという、格式高いホテルなのだが、そもそもの部屋数が少ないこともあって予約の取れないことでも有名だ。三カ月待ち、酷ければ半年待ちは当たり前のホテルだ。
そのウエスタンスタイルに漸く泊まることができる。
彼と二人で、だ。
だから女は楽しみで楽しみで、とにかく仕方がなかったのだ。
だが……、
彼に急な仕事が入ったのは宿泊当日のことだ。
「せっかくだから、君だけでも楽しんでおいで」
彼は言った。
私は一人でホテル・ウエスタンスタイルを訪れた。
楽しみだった分だけ、彼への怒りが増していた。
楽しみだった分だけ、一人でホテルに泊まる孤独感が増していた。
楽しみだった分だけ……、
ホテルは確かに素敵だったが、それ以上に寂しかった。
素敵なサービスも、素敵なディナーも、何だか全てが彼からの嫌がらせに思えてしまう。
もう、楽しみだったのは朝までの話だ。
女は今、とても悲嘆していた。
ノックの音がしたのはその時だ。
「誰?」
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