眠らせて

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「ふぅ」  アパートへ帰り、食欲もなくて直ぐにシャワーを浴びた。洗面所の鏡を見て、自分の顔にギョッとする。目の下のどす黒いクマ。生気のない目。  十歳くらい老けたようだ。  鞄から琴美ちゃんにもらったモノを取り出す。少し躊躇って白い布をめくった。中には銀色のステンレスのハサミ。とても切れ味が良さそう。私の買ったプラスチックで覆われた子供用ハサミより、断然効き目がありそうだ。  全身が重くてだるい。本当はもう布団に入った方がいい。でも眠るのは怖い。琴美ちゃんのハサミを枕の下に入れ、二人掛けのダイニングテーブルでパソコンを開いた。ダラダラと動画を観る。  ギリギリまで起きていよう。眠くて眠くてもう限界! という状態で布団に入れば朝まで熟睡できるかもしれない。  どれくらい経ったのか、気が付けば私は夢の中にいた。  あれ? どうして……。私、布団入ったっけ?  少し考えて気が付く。  そうだ……動画を観てたから、テーブルに突っ伏して寝ちゃったのかも。ダメじゃん! せっかくハサミをもらったのに!  なんとか目を覚まそうと身体に力を入れる。でも全身が重くて、頭が重くて、動かない。まるでドロドロの沼にズブズブ沈んでいくようだ。必死でもがいていると、背後に人の気配を感じた。誰かが後ろにいる。肩ごしに私を見てる。怒りの圧を感じる。  怖い。なにをそんなに怒ってるの?  琴美ちゃんの言葉を思い出す。 『怖いと思うのですが、夢の中で目を開けて見てください』  私はおそるおそる目を開いた。恐怖に失神しそうだ。どんなに力を入れても動かない身体も、夢の中では簡単に動かせる。首をゆっくりと回す。  背後から私を覗き込み、怒りをぶつけていたのは……麻衣だった。  なぜ?  麻衣は何かを激しく喚いてる。手をギュッと丸め、上下にブンブン振り、口汚く私を罵っていた。  なにをそんなに怒っているの?  私もだんだん腹が立ってきた。麻衣だと分かった途端、恐怖も消える。  私は夢の中で、麻衣に食ってかかった。音は出ない。でも麻衣は怯んだ様子だった。言いたいことを言い終えてスッキリした時、麻衣の姿が消えていることに気づく。 ……良かった。これできっともう大丈夫。きっと明日からはゆっくり眠れる。
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