眠らせて

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 病室ですっかり細くなってしまった千春先輩の手にハサミを握らせ、その手を両手で包んでいるとコンコンと控えめなノックの音がした。 「どうぞ」  入ってきたのは麻衣先輩と千春先輩の元婚約者のアキラさんだった。二人とも神妙な顔をしている。そりゃそうだ。千春先輩の婚約祝いで食事会をした時、麻衣先輩がアキラさんに一目惚れ。元々美人で、フェロモン放出系の麻衣先輩。喜怒哀楽の表現も豊かで魅力的な女性でもある。そんな人に言い寄られて舞い上がらない男性はいない。特に千春先輩はおとなしくて地味な人だったから、余計に輝いてみえたと思う。 「千春、どう?」 「ダメですね。ハサミも試してみたのですが……」  食事会の一ヶ月後、麻衣先輩とアキラさんは千春先輩へ全てを打ち明け、謝罪したのだという。そして千春先輩は原因不明の睡眠障害へ陥ってしまった。医者やご家族がどれだけ手を尽くしても、千春先輩は目を覚まさない。 「……でも、表情は穏やかになりました。ずっと苦しそうだったけど……」 「そうなんだ」  ホッとした表情になる麻衣先輩。 「きっともうすぐ目を覚ますよ。そしたら僕がちゃんと千春に謝るから」 「ううん。アキラは悪くないよ。私が……好きになっちゃったから……」  二人のやり取りを冷めた目で眺めながら思った。  千春先輩はきっと二度と目を覚まさないだろう。  きっと今、千春先輩は心穏やかな夢を見てる。そのまま夢の中にいた方が千春先輩にとって幸せなのかもしれない。 「……じゃあ、また来るね」  麻衣先輩は私に軽く会釈して小さく微笑んだ。どんなに取り繕っても、勝者の笑みに見える。私が無言で頭を下げると、二人は病室から出て行った。 ……あ……。  そのあとを千春先輩がついていく。手には鋭いハサミを持って。  横たわる千春先輩を見下ろすと、先輩は嬉しそうに笑っていた。
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