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金やんは腕を組み、近くの席に腰を下ろした。運動部の面々は今、大きな壁に直面している。部活を引退して1年…彼女たちは今、自身の体力と理想のパフォーマンスとの間で揺れていた。昨年ならば、放課後の練習を増やすことも出来ただろう。しかし、今は今月の球技大会よりも、来月の模試だった。ふとハッピーを見ると、黒板の上のトロフィーを見つめている。ロングシュートに定評のあった彼女だが、今年は“確実なところまで持っていく路線”に変更せざるをえなくなっていた。大会が近づくにつれ、漠然としていた不安は徐々に浮彫になり、勢力を増していた。教室中から向けられた視線が、徐々に各々のやるべきことに散らばっていくのを感じる。異様な静寂が、黒板の前から波紋のように広がっていった。この数々の不安要素の中にあって、さらに自分という存在がネックになっていることを、桜井は百も承知だった。全員が強くならなければ――少なくとも、学年の中で“中
の上”くらいの位置にいなければ、優勝は難しい。桜井はそっと鞄に手を伸ばし、その場を去ることにした。急いで階段を降り、自習室のドアを開ける。鞄を置いていつもの個別デスクに座ると、“フッ”と糸が切れて楽になった。大好きな問題集を開き、宿題をサッサと終わらせてみる。自分にも出来ることはある。世の中、すべてが球技大会で出来ているわけではない。もっと大事なことがある。校庭で練習するソフトボール部の掛け声を聞きながら、桜井はそれから2時間ほど、物理に没頭していた。
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