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最も存在の大きかった影法師が、勝ち誇ったようにそう言って、目の前がフッと暗転した。あの時の情景が、次々とフラッシュバックする。雨上がりのがらんとした校庭。じめじめとした陰鬱な空気。鈍色にくすんだ水溜まり。突き飛ばしたあの子の手。体の半側を駆け抜けた傷み。跳ね上がった無数のしぶき。顔を洗っていた私。“今日、転んじゃってね。”“これから塾なのに、どうすんのよ、馬鹿ねぇ”“ごめんなさい……”
そこまで見えたところで、桜井は箸を止めた。まだ具の残っていた弁当箱を閉じ、どこへともなく校舎を徘徊することにした。それが何日か続いた後、温かな校舎の3階、講堂に続く赤い絨毯を突っ切ったところで、ようやく天国を見つけた。燦燦と降り注ぐ美しき陽光、どこまでも続く澄み切った空、ジオラマのように建ち並ぶ忙しい街、仲良く並走するミニカーたち、蟻のように蠢く人々。この世界に吸い込まれ、溶け込んで、飛んでいきたい。
ス――ッと。ス―――ッと。ス――――――………。
目を閉じると、気持ちのいい風が吹いた。無音の街が、桜井を包み込んで離さなくなった時、彼女は窓を開けた。その時だった。
「さぁぶくねっ?」
後ろから、とてつもなく大きな声が響いた。桜井は、驚いて腰を抜かしそうになった。
「2月だぜ。2月。」
近づいてきた見知らぬ女生徒は、笑いながら窓を閉めた。
「富士山なら、閉めてても今日は見えるけど?」
「…?…」
「富士山。富士山見に来たんだろ?」
「え?」
「違うのか?」
「あ、いや。」
「ほら、あそこ。今日はくっきりだねぇ。ここまではっきり見えるのも珍しいや。運がいいな。」
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