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彼女は満足そうにそう言うと、その辺の椅子を引っ張り出してきてどっかりと座った。自分勝手にも、すでに弁当の包みを解き始めている。そして、桜井が呆然と立ち尽くしているというのに、大変食欲をそそるにおいをさせながら鰻をむさぼりだした。
“お弁当に、鰻……。”
その瞬間、何もかもがおかしくなって、桜井は静かに笑い出した。それがどんどん大きくなり、今までの感情が溢れ出す。これまで感じたことのないような温かいものがこみあげてきて、終いには涙がこぼれてしまった。不思議なことに、相手はその理由を尋ねてこなかったと思う。
しばらくして、おしとやかな千葉ちゃんが“見知らぬ彼女”を呼びに来たときは、正直キョトンとしてしまった。
「ああっ、こんなとこにいたの?」
「えぇ?」
「勉強会やろうって言ったじゃん。」
「そうだっけ?」
「朝まで覚えてたじゃん。」
「…そうだっけ?」
「最悪。」
「悪い悪い、すぐ行くよ。」
礼を言う暇もなく、足早に階段を下りていってしまった、見知らぬ彼女。
その人が、噂に聞いていたデンジャーだと知ったのは、もう少し経った春のことだった。
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