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キーンコーンカーンコーン。
聞き慣れたチャイムの音で意識が浮上する。
リクライニングシートを起こすと、腹の上でチャリ、と音がした。
「っとと」
滑り落ちそうになったのを、すんでの所で受け止める。
手に馴染むツルリとした感触。
手の中の懐中時計は俺の体温ですっかり温もり、カチコチと軽快な音を鳴らしている。
時間を確かめ、俺は車から降りた。
軽いストレッチで身体をほぐし、歩き出す。
足取りは軽く、羽根が生えた様だ。
最愛の君にもうすぐ会える。
全身が期待と歓喜に震える。
「く……またしても……!」
ちょうど赤になった信号。
毎回毎回、俺と彼女の逢瀬を阻むコイツ。
「いつか、へし折ってやる」
今日も変わらぬ悪態が口をついて出る。
だが、逸る心を落ち着かせるのに一役買っている事も事実なので悪態だけで済ますのもいつも通りだ。
息を整え、服の乱れを直す。
みっともない姿を彼女に見せたくはない。
俺が正門に到着するのと、職員が門の所に来るのは同時だった。
俺は軽く会釈をして、門の脇に立つ。
他にも数人、俺と同じ様に立っている姿があるが 特に挨拶などはしない。
同業者としての暗黙の了解ってヤツだ。
ガコン!ガラガラ……と門が開いていく。
そう。彼女を閉じ込めていた『学校』という封印が解かれたのだ。
やがて昇降口から、ちらほらと現れる少女達。
さすがに屈指の名門校。嬌声を上げたり、走ったりする生徒はいない。
彼女達が同業者と連れ立っていくのを視界に入れつつ、俺は自分の主を待つ。
ぞわりと背筋が震えた。来た。彼女だ。
見なくてもわかる。
少し足早になるのは俺の姿を見た為だろうか。
走る訳にもいかず、それでも急ごうとしてくれている。
あぁ、弾む息がここからでも聞こえる気がする。
俺の為に、俺に会う為に、彼女が。
あぁ、この、俺の後ろで息を整え、ゆっくりと近付いてくる気配が愛らしい。
白磁の如き頬を薔薇色に染め、薄桃色の唇が鈴の様な声で俺の名を紡ぐのを、俺は待った。
「お待たせ、ユーリ」
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