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「後で教えてあげる」
どうやら今はダメらしい。
俺は仕方なく車を出し、屋敷に向かって走らせた。
だが、すぐに止まる。
「すみません、お嬢。どうも渋滞している様です」
「事故でもあったのかしら?」
「ラジオかナビで確認してみますか?」
お嬢との語らいに雑音は不要なのでラジオもCDも掛けない。
送迎ルートも決まっているのでナビも消したままだった。
「ううん、いいわ。一緒にいられる時間が長くなるのは嬉しい……あ、事故かもしれないのに不謹慎だったわ」
慌てて手で口を押さえる仕草は可愛いらしいなどという言葉では到底、現せるものではない。
それ以上に、俺と少しでも長く一緒にいたいと思ってくれる事に心が震える。
「同じ姿勢でお疲れになりませんか? 少し倒してお休みになられては?」
大事なお嬢がエコノミークラス症候群にでもなったら一大事である。
「本当にユーリは心配性なんだから」
くすくすと密やかな笑い声が天上の音楽を奏でる。
「えぇ、俺の大事なお姫様ですからね。何かあったらと気が気じゃないんですよ」
「ふふっ。私がお姫様ならユーリは王子様だわ」
「王子様になるには身分が足りませんねぇ。お嬢への愛なら足りるどころか常に溢れ返ってるんですが」
「ユーリったら……」
頬を押さえて恥じらう姿は悶絶級の愛らしさだ。
ちらりと俺を見る瞳が潤んでいるのも堪らない。
「王子様にはなれませんが、姫君を守る騎士にならなれるかもしれませんね」
「騎士! ユーリにぴったりね!」
潤んだ瞳にきらきらとした輝きが宿る。
どんな宝石なんかよりも尊い輝きだ。
「だって、ユーリはいつも私を守ってくれるもの!」
「えぇ。貴女だけを生涯、命を賭けてでもお守りすると誓いましたから」
「あら、誓ったのは守る事だけ?」
少し拗ねた様に尖らせた唇。
あぁ、小鳥の様に愛らしい。俺の嘴で啄みたい。
「いいえ。誓ったのは守る事だけじゃありませんよ。愛する事も……いえ、愛すると誓ったからこそ守りたいんです」
尖っていた唇が綻ぶ。
「私もね、ユーリが大好きよ。ユーリの最愛が私なのと一緒で、私の最愛はユーリなの」
あぁ。何と言う至福。
「お嬢……」
衝動に駆られるまま伸ばした手が彼女の頬に触れる。
猫の様に擦り寄せられた頬は熱かった。
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