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そのまま彼女を引き寄せて腕の中にしまい込んでしまいたい。
そんな欲望を必死に押さえつける。
ゆっくりと手を離すと、やや不満そうな瞳が俺を見る。
「そんな顔をしないでください」
「だって」
ぷくっと膨れる頬が何とも愛らしい。
あぁ、つつきたい。いや、その餅の様な頬に吸い付き、食べてしまいたい。
「俺の『内なる獣』が目を覚ましてしまうじゃないですか」
『内なる獣』が進化して『ポケットの中のモンスター』が暴れ出してしまう。
「……ユーリなら、いいのに」
あぁ。どうしてこうも貴女は俺の理性を崩壊させようとするのか。
「ダメですよ、そんな事を言っては。俺はお嬢を大事にしたいんですから、お願いですから煽らないでくださいよ」
「はぁい」
くすりと笑う、その表情の何と蠱惑的な事か。
俺のお嬢は天使であると同時に小悪魔でもある。
俺の理性は振り回されっぱなしだ。
理性の方から望んで振り回されるのだから始末に負えない。
「どうやら本格的に渋滞の様ですね。進まなくなってしまいました」
ギアをパーキングに入れ、待機の姿勢に入る。
「お屋敷に遅れると連絡を入れなくては」
スマホを取り出した俺は眉を顰めた。
「……圏外?」
遮蔽物も特に見当たらない国道で?
だが、一向に『圏外』の表示が消えないのを見て諦めた。
仕方ない。また改めて連絡するとしよう。
お嬢はスマホを持っていない。
校則で禁止されているのもあるが、そもそも俺と常に一緒なので誰かと連絡を取る必要が無いからだ。
なのでお嬢のスマホを借りて、というのは不可能だった。
「ねぇ、ユーリ」
「はい、お嬢」
「お腹、空かない?」
何と。迂闊だった。
いつもなら30分で済むので軽食などは用意していない。
飲み物ならクーラーボックスに入っているのに。
「何たる不手際。お嬢を空腹にしてしまうとは……一生の不覚です!」
「あ! ち、違うの! 私じゃなくてユーリが!」
「俺、ですか?」
首を傾げる俺を窺う様に見るお嬢。
くっ! 上目遣いとか反則すぎる!
だが、と車の液晶に表示された時刻を見る。
夕食にはまだ時間がある。
お嬢の意図が掴めない。
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