プロローグ

6/9
前へ
/125ページ
次へ
 そのまま彼女を引き寄せて腕の中にしまい込んでしまいたい。  そんな欲望を必死に押さえつける。  ゆっくりと手を離すと、やや不満そうな瞳が俺を見る。 「そんな顔をしないでください」 「だって」  ぷくっと膨れる頬が何とも愛らしい。  あぁ、つつきたい。いや、その餅の様な頬に吸い付き、食べてしまいたい。 「俺の『内なる獣』が目を覚ましてしまうじゃないですか」  『内なる獣』が進化して『ポケットの中のモンスター』が暴れ出してしまう。 「……ユーリなら、いいのに」  あぁ。どうしてこうも貴女は俺の理性を崩壊させようとするのか。 「ダメですよ、そんな事を言っては。俺はお嬢を大事にしたいんですから、お願いですから煽らないでくださいよ」 「はぁい」  くすりと笑う、その表情の何と蠱惑的な事か。  俺のお嬢は天使であると同時に小悪魔でもある。  俺の理性は振り回されっぱなしだ。  理性の方から望んで振り回されるのだから始末に負えない。 「どうやら本格的に渋滞の様ですね。進まなくなってしまいました」  ギアをパーキングに入れ、待機の姿勢に入る。 「お屋敷に遅れると連絡を入れなくては」  スマホを取り出した俺は眉を顰めた。 「……圏外?」  遮蔽物も特に見当たらない国道で?  だが、一向に『圏外』の表示が消えないのを見て諦めた。  仕方ない。また改めて連絡するとしよう。  お嬢はスマホを持っていない。  校則で禁止されているのもあるが、そもそも俺と常に一緒なので誰かと連絡を取る必要が無いからだ。  なのでお嬢のスマホを借りて、というのは不可能だった。 「ねぇ、ユーリ」 「はい、お嬢」 「お腹、空かない?」  何と。迂闊だった。  いつもなら30分で済むので軽食などは用意していない。  飲み物ならクーラーボックスに入っているのに。 「何たる不手際。お嬢を空腹にしてしまうとは……一生の不覚です!」 「あ! ち、違うの! 私じゃなくてユーリが!」 「俺、ですか?」  首を傾げる俺を窺う様に見るお嬢。  くっ! 上目遣いとか反則すぎる!  だが、と車の液晶に表示された時刻を見る。  夕食にはまだ時間がある。  お嬢の意図が掴めない。
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加