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俺の視線を追ったお嬢が「あ」と小さく声を出す。
「あ、あのね、ユーリ……コレ」
鞄を開けるとさっきよりも甘い匂いが強くなる。
「調理実習で作ったの」
お嬢が取り出したのはラッピングされた袋。
中に入っているのは……クッキー?
「ユーリに食べてもらいたくて頑張って作ったのよ?」
何と! お嬢が俺の為に手作りを!
「少し焼きすぎちゃって……でもね、コレはちゃんと綺麗に焼けたのなの!」
「例え消し炭と化していてもお嬢の手作りなら喜んで食べますよ」
「まぁ! ひどいわユーリ! 消し炭だなんて!」
怒った顔も愛らしい。
「もちろん、このクッキーは上手に出来ていますよ。焼きすぎたモノも全部、俺が独り占めしたかったと言いたかったんです」
「まぁ……ユーリったら……焼きすぎちゃったのは私が食べてしまったわ。どうしましょう? 私ごと食べる? ユーリ」
ゴクリ、と喉が鳴る。
あぁ。出来る事なら食べてしまいたい。
赤ずきんを食べる狼の様に、ぺろりと。
お嬢の柔らかな肉を甘く食み、歯を立て、舌で嬲り、口いっぱいに頬張りたい。
お嬢の全てを味わいたい。
「……食べてしまいたいくらいに愛しいですが、お嬢に会えなくなるのは困るので、こちらのクッキーだけをいただきますね」
「ふふっ。私もユーリに会えないのは嫌だわ」
そう言いつつも「味見ならいつでも言ってね?」と小声で告げるお嬢の小悪魔的誘惑が俺を誘う。
「いえ、旦那様と約束したのです。お嬢が成人するまでは清い関係でいると」
「ユーリは真面目なのね……そんな誠実なユーリも大好きよ、私」
そう。俺はお嬢にだけは誠実でいたい。例え今にもお嬢を押し倒して、あんな事やこんな事、とても口では言い表せない様な淫らで卑猥な事をしたいと脳内で繰り広げていたとしても、決して行動には出してはならない。
そう自分を戒める。
そんな決意を秘めた俺の横顔を見たお嬢が熱い溜息をつく。
そして白くしなやかな指先がクッキーを一枚摘んだ。
「はい、ユーリ」
受け取ろうとした俺の指からクッキーが逃げる。
まるで俺を翻弄する気紛れな妖精の様に。
そして気紛れな妖精はとても悪戯な笑みを浮かべていた。
「ユーリ……あーん」
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