とある書生くんの話

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……と、言っても小説家である僕の書生の話。 いつものように僕が頼んだ使いを遂行した帰り道、遅く戻った彼は桜と話をしていたという。 『書生さん…、そこ歩く書生さん。お待ちになってお使いが終わったのに真っ直ぐ帰るだけじゃ味気ない、少しお話なさらなくて?』 美しき桜の君よ、何故、自分なのですか?アナタは自ら声を掛けずともその枝垂れ髪に惹かれ近付く方が多いでしょうに 『そうね、本当に。でもワタクシはずっと書生さんとお話したかったの』 自分と話をしても面白くありませんよ   『それでもいいの、ワタクシはアナタと一時過ごしたいだけ。どうか儚く散りゆく桜の気紛れだと思って付き合って下さいな』 もうすぐ時が来るのか 『はい』 この木からは同じ花は咲かないとなると 君と邂逅するのもこの年限りになるのは寂しいものだ。 こうして、こうしてこの肌や髪に 触れられるのも刹那的だからこそ愛しい 願わくばまた君に会いたい 『ワタクシの思いを知っていてそう言うだなんて……狡い方』 許しておくれ、自分はこう見えて臆病なんだ だからずっと美しい君を見ているだけしか出来なかった 『分かっています、分かっていました。だからお願いです……まだ帰らないで』 君が望むなら、その花散るまで 実に不思議な春の桜と、書生の話。
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