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野々山の胸にぐりぐりと推しつけていた顔をあげて、男が聞いてくる。少しシュンとした姿はまさに犬のようで、この男に尻尾があるならだらりと垂れているはずだ。年齢は野々山とさほど変わらないように見えるが、甘えん坊な年下じみた態度が可愛い。タイプかどうかで言えば、ド真ん中ストレートで野々山のタイプだ。
好みの顔だからって、悪人じゃないとは限らない。
ゆるみかけた気を引き締め、べりっと男を引きはがした。
「何を聞かれてるのかも、あんたが何かもさっぱりわからない。多分、何かの勘違いだと思うんだけど」
野々山の言葉にかぶせるように「勘違いでも間違いでもないよ」と言って、男はまた抱きついた。
「ずっとここに住んでるけど、こんなにドキドキしたのはじめてなんだ。俺、いつも頼られる側だけど、今だけは同業者に頼っちゃうね。君が俺のこと好きになってくれますようにって」
「す……っ」
「好き。何回でも言うよ。君のことが」
恥ずかしげもなく告白する男の口を、慌てて手で塞いだ。こんなに直球に想いをぶつけられたのはいつぶりだろうか。ちょっとやそっとじゃごまかせないぐらい顔が熱い。
「あんた、一体何なんだ。会ったばかりなのに、好き、とか」
野々山が動揺しながら言うと、手のひらにぬるりと何かが這った。濡れて生温かいこの感触は舌だ。男が手のひらを舐めたのだとわかって、野々山は慌てて男の口から手を離す。
「ここに住んでるって言ってもまだわからない? わからないか……じゃあ、これならどう?」
向かい合っていた男の身体が、すうっと透けていく。段々と半透明から完全な透明になり、すぐにその姿は見えなくなった。
誰もいない壁を呆然と見つめていると、だんっと天井から物音がした。ぎしぎし、みしみしと軋んでいる。まるで誰かが歩いているようにも聞こえた。
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