第3章 彼女の事情

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「うちは小さいですが食堂を経営しているので」 「名前、なんて言うの?」  七瀬さんがわたしにたずねてきた。 「橘です。橘天音です」 「天音ちゃん、こんな時間に出歩いちゃだめだよ。この辺りはまだいいけど、歓楽街のほうに行くと、柄の悪い人たちがたくさんいるんだから」 「はい……」  七瀬さんは、あくまでもやさしく言ってくれた。初対面のわたしを萎縮させないよう気を使ってくれているのかなと思った。 「七瀬」  ふいに、さっきのクールなバーテンダーさんが小さく声を発した。  なんだろうと思っていたら、七瀬さんが「すみません」と、腕まくりしていたシャツを直し、カフスボタンをはめていた。 「ごめんな、変なもの見せちゃって」  七瀬さんがわたしたちに謝るのでポカンとしていたら、赤羽さんが「ああ」と納得した声をあげた。 「タトゥーってだめなの?」 「うん、本当は禁止。でも長袖を着ればぎりぎり見えないから、お客様にタトゥーを見せないことを条件に雇ってもらったんだよ」
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