第3章 彼女の事情

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 聞けば、東京の美術系専門学校で学び、その後、就職。でも画家になる夢を捨てきれず、会社を退職したそうだ。  それなのに今はこんな地方でフリーター生活。  画家として食べていける人はほんのひと握りだってことぐらい、わたしでも知っている。それなのに、わざわざそんな厳しい道を選ぶなんて。  それに昼も夜も働いているのに、絵を描く時間はあるのだろうか。体力もそうだ。  わたしも週に何度か食堂の手伝いをしているからよくわかる。立ち仕事だし、満席になるような日だと目がまわるほど忙しくて、ヘトヘトになる。  そう考えると、七瀬さんは覚悟を決めて会社を退職し、画家の道を選んだのだと思った。  そして、ショットバーにぼちぼちお客様が増えた頃だった。 「いらっしゃい」  七瀬さんじゃない、クールなほうのバーテンダーさんがそう言った後、「天音!」と怒ったような声がした。 「うわっ、なんで貴島先生がいるの!?」  わたしが言う前に、赤羽さんが驚がくして、そう言った。わたしは驚きすぎて声にならない。  私服姿のヨウくんがなぜか目の前にいる!
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