第3章 彼女の事情

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櫻井(さくらい)、悪かったな。ふたり分でいくら? 細かいのがないから、とりあえず1万で」 「金はいらない」 「そうはいかないよ。わざわざ連絡までくれて、それだけでもありがたいのに」  ヨウくんはクールなバーテンダーさんとそんなやり取りをしていた。  クールなほうは、どうやら櫻井さんというらしい。ヨウくんとは知り合いみたいで、ヨウくんの頑固さに降参した櫻井さんが、ヨウくんからお金を受け取っていた。 「本当に正規の値段か? 酒なのに意外に安いんだな」  おつりを受け取り、それを財布にしまいながらヨウくんが言う。 「酒じゃないから。酒をオーダーしてきたけど、ふたりともジュースしか飲ませてないから安心しな」 「そうなのか? いやあ、なにからなにまで悪いな。櫻井の店でよかったよ」  ヨウくんと櫻井さんの会話を聞き、わたしと赤羽さんが顔を見合わせた。 「あれ、スプモーニじゃなかったんだ。だまされた」 「わたしも。お酒だと思い込んでた」  でもどうりで。やけに甘かったわけだ。わたしのはオレンジジュースで、赤羽さんのはグレープフルーツジュースだったんだろう。 「だましてごめんな」  櫻井さんはわたしたちに向かってそう言うけれど、その顔は無表情で、謝られている気がしない。  ヨウくんと同様にちょっと怒っているのかなという顔だった。
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