第3章 彼女の事情

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 それからすぐに店を出た。  歩いているうちに、ヨウくんはだんだんと冷静になっていって、「女って怖いな」と小さくつぶやいた。  たぶん赤羽さんのことだ。 「ねえ、びっくりだよね。わたしも待ち合わせ場所で赤羽さんを見たとき、最初誰だかわからなかったもん」 「貴島先生、今日のことも含めて、みんなには内緒にしておいてくださいね」  赤羽さんが「お願いします」と手を合わせて頼み込むと、ヨウくんは「あたり前だ」と即答した。  ヨウくんでよかった。ほかの先生だったら学校に報告されてしまうところだった。 「そういえば、あのショットバーにはよく行くの?」  ヨウくんがお酒を飲んでいるところを見たことがない。うちのお店にもビールを置いているけれど、頼んでいるところを見たことがない。 「たまにな」 「あのバーテンダーさん、櫻井さんと仲がいいんだね」 「まあな。あいつ、クールだけど、情に厚いっていうか、けっこう面倒見がよくて、いいやつなんだよ」  なんでも、ヨウくんとは中学時代の同級生だったそうだ。  歩きながらヨウくんと櫻井さんの関係をたずねたら、ヨウくんはそう教えてくれた。  面倒見がいいのか。とてもそうは見えないけど。それに明るいヨウくんと物静かな櫻井さんとじゃ、対照的なふたりに思える。  でも櫻井さんがうちのお店に通ってくれていたのは、ヨウくんがおいしいと勧めたからだそうで、仲がいいのは本当のようだった。
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