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始まらない恋
僕はねこだ。
少なくとも彼はそう呼んでいる。
桜の木の下で寝転ぶ彼はいつもある女の子を待っている。
学生服を着た彼女はいつもあるところに来ると消えてしまう。
ひとではないものだからだ。
けれど彼にはそんなことはどうでもいいらしい。
彼女が来るのを待って、消えると僕を見て少し笑う。
「お前も彼女を見に来ているのか?」
僕が見に来ているのは彼の方だ。
まるで始まらない恋を見ているようで切ないのはなぜだろう。
僕はその切なさを感じるためにここに来ている。
だがある雨の日僕はいつものように彼のいる桜の木の下に行ってみた。
雨だからか彼はいつまで待っても来ない。
けれど彼女はいつも通りやってきた。
そして僕のところに来てしゃがみこみ、猫ちゃん今日はひとりなのと言った。
僕はぞっとして後ずさった。
ひとではないもの。
それは鬼だった。
彼女の口が大きく開いたとき、彼女は不意に消えた。
目を上げるとそこには彼が立っていた。
「猫。なんだ、抜け駆けか」
僕は理解した。
彼女は彼がいるから消えるのだ。
あるところから彼には近付けないのだ。
そして彼女は僕を狙っている。
僕は彼に守られていたのだ。
それが判った瞬間、僕は本体に戻っていた。
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