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グランドの「女神」
「先輩」
呼び止める声はガラにもなく震えていた。
3月の今日は比較的に暖かいというのに、一人だけ寒さを感じたように体の震えが止まらなかった。
ポケットに忍ばせた手紙の存在がやけに大きい。
振り向いた先輩は長くキレイだった黒髪をバッサリと切っており、今ではベリ―ショートになっている。
キリっと吊り上がった目元は強い印象を与えるが、笑うと垂れることを知っている俺は怖いとは感じたことはない。
後輩からのプレゼントなのか、花束を3つほど抱えている先輩は律儀に体ごと振り向いてくれた。
「どうかした?」
「あの・・・・俺。」
「先輩!!!一緒に写真とってください!」
言い淀んでいる間に、人気者の彼女は後輩に声をかけられる。
しかし、「ごめん。あとで」と俺との会話を優先してくれた。そんな優しさにどれだけ救われたのかきっと彼女は気付いていない。
なんせ、声をかけるのはコレが初めてだ。
会話したこともない。
ただ、彼女が気まぐれでかけてくれた優しさに勘違いを起こしてしまった俺が一方的に恋慕を募らせているだけなのだ。
今日が彼女の卒業式。
この日を逃すと、もう会えないどころか話をする機会さえないかもしれない。
そんな一世一代のチャンスの日に俺は今、ある。
「で、どうかした?えっと・・・・」
優しい先輩は話したこともない俺の名前を思い出そうとしてくれているのか、ちょっと考える仕草をする。
「俺は、木村です。木村 朝日。」
「そっか。で、なんの用?写真かな?」
「違います。あの・・・これ」
内ポケットに忍ばせていた3週間前に書いた手紙を差し出した。
何度も何度も書き直して、言葉を選んで、俺の存在を知ってほしくって。
そうして書き上げた手紙を差し出す。
先輩はきょとんっとした顔をしたが、何も疑問を持たずに「ありがとう」と受け取ってくれた。
きっと、帰ってから読むのだろう。
そこには俺の連絡先などは一切書かれていない。
一方的なものではある。
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