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「すっかり遅くなっちゃった。さっさと帰ろ?」
弘子がこちらを振り向いた。
その表情は怒っているわけでもなく、ほんのり朱みを帯びて微笑んでいた。
俺は咄嗟に弘子の手を掴んだ。
意を決した俺は、弘子の両手に自分の両手を重ねて親指で弘子の手の甲を撫でながら、まっすぐに見上げると弘子に向かって呼びかけた。
「なぁ、弘子」
「ん?」
「温泉旅館の浴衣だったらさ、俺の浅はかな夢、叶えてくれない?」
「・・・」
「二人でさ、旅行行こ?」
「優馬」
「ダテに坊っちゃんじゃないからさ、良いとこ連れてくし」
「それ、今言うんだ」
「ホントのことだし、もうハタチだし」
もう、みんなで一緒に、なんて嫌なんだ。俺は弘子と2人だけがいいんだ。
それに
「・・・そろそろ俺は限界なんだけど」
「限界って・・・」
幼馴染の、その先へ行きたいんだよ。
弘子の手を握ったまま、俺は立ち上がると、弘子の耳元でそっと囁いた。
そして
「ここなら誰も来ないし」
驚いて俺を見上げた弘子の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
(完)
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