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 羊飼いは無表情で棒を振り続け、その指揮に従い、羊どもは柵を越える。  二匹目、三匹目。  えんえんと羊は続く。平穏な風景だ。  しかし、十匹目くらいから、何だか様子が変わってくる。  「めー……」  と、ちょっと高めの声で鳴きながら柵に向かって助走し、ひょいと飛び越えた瞬間、そいつは確かに、  「……タモルフォーゼ……」  と、鳴いたのだった。  羊のもっさもさの白い体が蛍光色に輝き、柵の向こう側に着地した時には、毛を刈られた貧相な姿に変わった。  実に痛々しく、寒々しい姿に変身したものである。    このあたりから、羊が個性を主張しはじめてくる。毎晩違うバリエーションが見られるので、悔しいことに飽きない。    演歌を熱唱し、熱い目をしながら柵を越えるやつ。  二足歩行状態でチュチュをまとい、くるくるとバレエを舞いながら柵を越えるやつ。  「どすこい」と野太い声で鳴きながら飛び越え、着地した時に地響きと土煙をたてるやつ。  「あはんばかんいやん」と羊声で囁きながら、自分の毛皮を脱いでストリップしながら飛び越えるやつ。    どんどん酷くなる。  そもそもこの羊どもは、何のために飼育されているのか。    (こいつらに己の本来の役割を思いしらせてやる必要があるのだが)     
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