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2話「怪物の火」
あらすじ
フリークショーで”フランケンシュタインの怪物”として働く巨人症の男は、小頭症の街の女性と愛を育んでいた。しかし、50年前の事件のせいでサーカス団員と街人の恋愛はご法度。その事実を街人達が知った時、事件は起きた――。
2話「怪物の火」作:京谷悟
「怪物さん」
ベルは、その名の通り鈴を思わせる可憐な声で、窓の外に向かって呼びかけた。
夜の帳が落ちた世界は、けれども灰色の分厚い雲が空を覆っているせいで晴れた夜より明るく見える。月も星も干渉する事を許されないその夜に溶けたベルの声は、音こそ凛として澄んではいるが、口調は幼子のようにたどたどしく、また不明瞭だった。このためしばしば、彼女に話しかけられた者は二つの感情を同時に呼び起こされる。即ち、美しい声への感動と、不安定な喋り方への潜在的な嫌悪である。
ベルは小頭症だ。そのせいで知能の発達が遅れ、他の人達と同じように溌剌と会話をする事は叶わない。額にまるみはあまりなく、緩やかな勾配を描いてそのまま後頭部に繋がる頭の曲線は、どことなくアーモンドを思わせる。頭が小さいため顔のパーツが相対的に大きく見え、厚ぼったい瞼に半ば隠れた瞳は左が斜視で、いつも外側を向いている。口は呆けたように緩く開いている事が多かったが、笑みを浮かべる事もよくあった。
今もそうであった。ベルは満面の笑みを浮かべ、窓から身を乗り出して薄暗い路地裏を見つめている。掃除をする者などこの街にはおらず、ゴミで溢れた路地裏は酷い有様だ。そんな路地裏の奥から突然、ベルの呼び声に応えるように一つの影が現れた。影は目を瞠るほど大きく、しかしその大きさからは想像もつかない程機敏に動き、すぐにベルの前までやって来た。
「怪物さん!」ベルが感激で声を大きくしたものだから、影は人差し指を口元に添えて、静かにするようにと彼女にジェスチャーしてみせた。彼女は悪戯っぽく忍び笑いをこぼし、肩を竦める。
「こんばんは、ベル」影は言った。
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