1話「飲み干せぬ」

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あらすじ フリークヴァレーに住まう少女は、ある夜フリークショーの団員に一目ぼれをした。しかし、激しい恋に落とされた少女は、彼の放った一言で更なる深い闇に突き落とされる事となるのだった……。そして、少女は女になる。 1話「飲み干せぬ」作:にらみじゃくし  母さんは、惨めな人だった。自分は恋愛主義者であると思い込んで、ありとあらゆるものの中に男性を見出しては、盛って自分を慰めることに夢中になる愚かな女。それでもあたしは彼女の娘だから、彼女を大切に思い、よく世話してやらなければならなかった。彼女はミルクがゆを飲んでいないと癇癪を起こす。体を壊して、色々親切にしてもらっていた昔の思い出に浸りたいらしい。信じられない話だ、今ではあたしの体にたくさんあざを作るくせに。  いつも通り母さんを寝かしつけたある日の夜、あたしはふらふらと外を歩いていた。メイクなんかしていない。こうやって、母さんに追いつくために狂ったことをするのはもう日課だった。あたしたち母娘にまともなところが少しでも残っているのが許せなかった。ここにまともなところなんて、残っていていいわけがないのだ。しばらく歩いたら、不気味で気持ち悪いテントに行き着く。聞こえてくる笑い声、罵声、それにあの心臓をくすぐるような音楽――こんなものにずっと浸けられていたら気がふれるのも当然だ、と思う。こんな場所はさっさと立ち去るべきだ、まともでありたいなら。低い笑い声が自分の唇からこぼれる。 「やあ、抱くことのできない子供。君が来るのを待っていた」  あたしは驚いて振り返った。そして顔から表情が抜け落ちてしまうのを感じた。だって、そこにいたのは恐怖だ。いや、死だろうか。あたしは自分の喉から出ている叫び声、或いは喘ぎ声が、あたしのものでないような気さえした。こんな失礼なふるまいをして、もし機嫌を損ねたらどうするのだとあたしはどこか頭の冷めたところで焦っていた。 「芋虫女のような声を上げるんだね。いやいい、気のすむようにしたまえ」
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