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一部 SCENE1 ~富士山周辺~
富士山静岡空港――。
名称からもわかるように富士山に最も近く、その偉容や駿河湾を眺めながら離着陸することができるため、一部航空マニアの間ではささやかながら人気がある。
二十二時四十五分。本日の運用時間は既に終了した。この空港を利用する航空機は、明日の朝七時過ぎまでない。
管制塔上部の「タワー」と呼ばれる部所に管制官の田坂彰はいた。本来なら今の時間、のんびりと夜空を眺めているはずだった。三百六十度周辺を見渡せるこの場所は、内部の機器類を気にせずにいれば、それこそ空の一部になったと感じることもできる。
だが、レーダールームから緊急連絡が入り、全身に緊張がはしる。南南西の方角から、所属不明の飛行物体が近づいている、という。
「そんな馬鹿な」
もう一人の夜勤、高島和彦と顔を見合わせた。
晴れ渡る夜空に星が瞬いている。どこを見ても、異常は感じられない。
いや、あれは……?
ふと、ある一点に目が吸い寄せられた。
きれいな夜空に、濃い黒雲が湧いて出たように現れた。それはまるで、水面に墨を一滴垂らしたように徐々に広がっていく。違うのは、色が薄まらず、黒さが際立ってきていることだ。
「何でしょう、あれは?」
高島が息を呑んだ。答えを求めるように田坂を見る。
「わからん。雲のようだが、こんな現象見たことがない」
その黒雲は見る見る広がり、まるで空の一部にぽっかり穴が開いたかのようになった。それだけではない。黒雲のまわりに稲光が明滅し始める。
十年を超える管制官としてのキャリアがある。通常の人々よりずっと多く、空を眺める時間があった。しかし、こんな現象は始めて見た。
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