第3話 屋敷の住人

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第3話 屋敷の住人

扉の向こうから伸びた手に、はっ、と小さく驚きの声を上げたわたしは、反射的に後ずさった。 まだ力の入らない足は、その反動で完全に支える力を失い、その場に座り込む。  「・・・・大丈夫?」 その声を聞いた瞬間、わたしの中の何かがちくりと心の隅をつついた。がすぐに、それよりも思いもよらず人が現れた事への驚きが頭の中を満たした。 この薄暗い部屋の中で、まるでそこにだけ光が灯っているかのように、わたしの目にはその姿が鮮明に映った。 そのふわりとした色素の薄い髪は目深にかかり、形の良い切れ長の大きな瞳に影を与えている。 すっと筋の通った鼻に、唇はまるでそこに花びらが宿るかのように、淡く色付いている。 わたしの目にはその端整な顔立ちはまるで、彫刻か何かのように非現実的なものに見えた。 「・・・・大丈夫?」 声を失っていると、優しげな声で青年が先ほどと同じ問いを繰り返した。 「あ・・・・」 何か話そうとするのだが、言葉がでてこなかった。 頭の中はぐるぐると、今自分の身に起きている出来事を映すばかりで、それらは全くもってわたしの置かれている状況を理解する手助けにはならなかった。 じっと佇み、そんなわたしの様子を見ていた青年だったが、ふ、と、ふいにその口元に笑みを浮かべた。そして身動きの取れないわたしに目線を合わせるかのように、そっとその場に座り込む。その薄茶色の美しい瞳は、真っ直ぐにわたしの目を捉えていた。 「・・・・辛かったね。 色々な事が起きて、きっと今君は、君の置かれている状況を理解できないと思う。 大丈夫だよ、それが当然だから。ぼくたちも、そうだったから。 少なくともここにいるよりかは、君が状況を理解する手助けができると思うんだけど・・・・ 僕について来てくれる?」 言葉ひとつひとつが、頭の中に響いた。 何故分かる? まるで自分も同じような事を、経験してきたみたいに。 ぼくたち、ってどういう事? ここにいるのは、この人だけじゃないの? その答えを知るには、今目の前にいる彼について行くしか方法は無いように思えた。 青年はすっと、その透き通るように白く長い手を伸ばした。わたしはそれを、一瞬の間ののち、そっと掴む。それを見た青年は、口元に優しい笑みを浮かべた。 「・・・・じゃあ、行こうか。」 青年に手を引かれ、わたしは一歩、また一歩と足を踏み出した。 この部屋に来た時に初めて目にした、あの大きな扉に向かって。
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