第4話 仲間

2/3
前へ
/9ページ
次へ
「ここにいる俺たちは皆、この屋敷で暮らしながら使用人として仕えてるんだ。大まかな役割は決まってるけど、呼ばれたらどんな命令もこなさないといけない。 ・・・・な?サエト」 サエト、とは、きっとわたしをここまで導いてくれた青年の事だ。わたしの視線に気づいたのか、彼は言った。 「僕の名前、言ってなかったよね。サエトっていうんだ。あらためて、よろしくね。 ・・・・君の名前を、教えてくれる?」 わたしはそんな当たり前の問いかけに、頭の中に何一つの文字も浮かんでこない事に困惑した。 ・・・・自分の名前が、思い出せない。 わたしの表情をみて、サエトは全てを理解しているかのようだった。そしてその薄茶色の美しい瞳で、私の目を真っ直ぐに捉える。 「 ・・・大丈夫だよ、僕たちもそうだったから。 ここに来た時、僕らは君と同じように、自分の名前も、どんな仕事をしていたのか、家族はいたのか、何故死のうと思ったのか・・・。 記憶は、何も残ってはいなかったんだ。 ただ覚えていたのは、死んだ時の暗く冷たい感情と、絶望の景色だけだ」 サエトはそこまでいうと、ふと、視線を扉に向けた。 「あの部屋は、自ら死を選んだものだけが辿り着く場所だ。 あの部屋に辿り着いた僕たちは、半永久的に、この屋敷に仕える事になる。 それがいつ終わるのか、どうやって終わりを迎えるのか・・・それは誰にも分からない。 それは、自ら死を選んだ僕たちに与えられた罰だ。・・・逃れることは出来ない」 やはり、わたしは死んでいたのだ。 知った時、胸の奥の方が小さく変な音を立てた。 「でも、大丈夫よ。記憶に関してはここで暮らしているうちに、少しずつ思い出すわ」 はっと振り返ると、そこには綺麗な黒髪を一つに束ねた、涼しげな顔立ちの女性が立っていた。 わたしは、この人がナナさんだとすぐに分かった。 「おお、ナナ!お疲れさん!」 タイチが言うと、 「ありがとう。・・・まあ、いつも通りの感じだったわ。彼女、ほんと、サエト以外には愛想ってものが無いのよね」 愚痴っぽく話し、手をぶんぶんと振る。 「あ、ごめんね。聞いてるかもだけど、ナナよ。よろしくね。 あなたは・・えと・・。まだきっと、思い出せて無いわよね」 言うと、ナナさんは大きくにっこりと笑った。 見た目の大人っぽさとは裏腹に少し大げさな仕草や、トーンの高い声は、どこか可愛らしい印象を与えた。チャーミングな女性だと思った。 「みんな揃ってよかった」 見ていたサエトが言った。そしてまるで見守るかのような優しい視線を、わたしに落とす。 「きっと一度に話してしまうと、彼女も混乱してしまうと思うから・・・・とりあえず今は、僕たち3人が仲間だという事を知ってくれればそれでいいよ。 部屋に案内するから、とにかく今は気持ちを休めて。」 うんうん、と、聞いていたタイチも頷く。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加