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「ここにいる俺たちは皆、この屋敷で暮らしながら使用人として仕えてるんだ。大まかな役割は決まってるけど、呼ばれたらどんな命令もこなさないといけない。
・・・・な?サエト」
サエト、とは、きっとわたしをここまで導いてくれた青年の事だ。わたしの視線に気づいたのか、彼は言った。
「僕の名前、言ってなかったよね。サエトっていうんだ。あらためて、よろしくね。
・・・・君の名前を、教えてくれる?」
わたしはそんな当たり前の問いかけに、頭の中に何一つの文字も浮かんでこない事に困惑した。
・・・・自分の名前が、思い出せない。
わたしの表情をみて、サエトは全てを理解しているかのようだった。そしてその薄茶色の美しい瞳で、私の目を真っ直ぐに捉える。
「 ・・・大丈夫だよ、僕たちもそうだったから。
ここに来た時、僕らは君と同じように、自分の名前も、どんな仕事をしていたのか、家族はいたのか、何故死のうと思ったのか・・・。
記憶は、何も残ってはいなかったんだ。
ただ覚えていたのは、死んだ時の暗く冷たい感情と、絶望の景色だけだ」
サエトはそこまでいうと、ふと、視線を扉に向けた。
「あの部屋は、自ら死を選んだものだけが辿り着く場所だ。
あの部屋に辿り着いた僕たちは、半永久的に、この屋敷に仕える事になる。
それがいつ終わるのか、どうやって終わりを迎えるのか・・・それは誰にも分からない。
それは、自ら死を選んだ僕たちに与えられた罰だ。・・・逃れることは出来ない」
やはり、わたしは死んでいたのだ。
知った時、胸の奥の方が小さく変な音を立てた。
「でも、大丈夫よ。記憶に関してはここで暮らしているうちに、少しずつ思い出すわ」
はっと振り返ると、そこには綺麗な黒髪を一つに束ねた、涼しげな顔立ちの女性が立っていた。
わたしは、この人がナナさんだとすぐに分かった。
「おお、ナナ!お疲れさん!」
タイチが言うと、
「ありがとう。・・・まあ、いつも通りの感じだったわ。彼女、ほんと、サエト以外には愛想ってものが無いのよね」
愚痴っぽく話し、手をぶんぶんと振る。
「あ、ごめんね。聞いてるかもだけど、ナナよ。よろしくね。
あなたは・・えと・・。まだきっと、思い出せて無いわよね」
言うと、ナナさんは大きくにっこりと笑った。
見た目の大人っぽさとは裏腹に少し大げさな仕草や、トーンの高い声は、どこか可愛らしい印象を与えた。チャーミングな女性だと思った。
「みんな揃ってよかった」
見ていたサエトが言った。そしてまるで見守るかのような優しい視線を、わたしに落とす。
「きっと一度に話してしまうと、彼女も混乱してしまうと思うから・・・・とりあえず今は、僕たち3人が仲間だという事を知ってくれればそれでいいよ。
部屋に案内するから、とにかく今は気持ちを休めて。」
うんうん、と、聞いていたタイチも頷く。
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