ある雨の日に、桜の下で

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ある雨の日に、桜の下で

「今なら間に合う! 間に合うに決まっている!」 「やめてよ、おじいやん! 桜はもう倒れちゃったし、下なんか掘っても何も出ないよ!」 私は涙ながらに叫ぶ。生き残るために、私たちは逃げなくてはならない。 「そうですよ新之助さん、次の土砂崩れが来る前に逃げましょう!」 お母さんも涙ながらに叫ぶ。 そうして、お姉ちゃんだけが、私たちの様子を無表情に見つめていた。 昨日から降り出した雨は、短時間に記録的な量が降ったとかで、我が家周辺の地盤をゆるゆるにしていた。 お父さんは市役所勤めだから、防災課の非常招集を受けて、近所のお年寄りに避難勧告を出しにいった。 「お前たちも早く逃げるんだぞ」 「分かってるって。お父さんこそ、ちゃんと逃げてね」 そんな言葉を交わしてから、30分たったかどうか。 私が生まれて以来、崩れたことのなかった裏山が土砂崩れを起こした。 幸い自宅こそ直撃しなかったが、庭に植わっていた桜の木がなぎ倒されてしまった。 次の土砂崩れがくれば、今度こそ命はない。 だと言うのに、おじいやんは血相を変えて、ショベルで桜の木の下を掘っている。 なんのために? 倒れてしまった桜の木は、もう戻るはずもないというのに。     
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