プロローグ 就職活動

2/8
568人が本棚に入れています
本棚に追加
/1028ページ
「なんなんだよこの会社は」  そもそも会社の紹介に妖怪の絵を使う意味が分からない。まさか妖怪の言語で妖語というわけじゃないよな。人間の言葉を妖怪の言葉に翻訳する仕事ってか。 樹は馬鹿馬鹿しいと口の端で笑ったが、他の会社と全く異なる得体のしれないこの会社が妙に気になった。仕事を探すふりをしながらゲームをしたり漫画を読んだりと、無為に過ごす毎日に飽きてきたのかもしれない。何か刺激がほしい。  気が付くと樹は応募フォームにページをとばし、名前、住所、生年月日、電話番号など必要事項を入力して送信ボタンを押していた。 「送っちゃたよ」  我に返り呆然とつぶやく。しばらく『送信しました』と書かれた画面を見つめていたが、一つため息をつくと画面を閉じ、スマートフォンをベッドの脇に放った。  ―――もう、なるようになれ。   ベッドに潜り込むと照明を消す。向こうから返事があるまでこのことは忘れよう。そう決意し、樹は疲れた目を閉じた。  『妖語翻訳事務所』から連絡が来たのは、三日ほど過ぎてからだった。ハローワークの帰り道に何気なくスマートフォンを見ると、知らぬ番号からの着信が表示されていた。留守番電話も入っていたので、電話をかけ直す前にそれを確認する。留守番電話には、低く深い男性の声が入っていた。 ―――「原田樹さんのお電話でお間違えないでしょうか。妖語翻訳事務所の水沢と申します。お時間ある時に折り返しお電話をお願い致します」―――  樹は家でかけ直すか迷ったが、帰る途中にある小さな公園に入り、ベンチに腰をおろした。脇に置いた鞄から手帳とペンを取り出し、『妖語翻訳事務所』に電話をかる。  緊張しながらコール音を聞いていると、四度目のコールで電話の相手が出た。 「お電話ありがとうございます、妖語翻訳事務所でございます」  やや低めの女性の声がした。 「お忙しい所申し訳ございません。先ほどお電話を頂いた原田と申しますが、担当の水沢さんをお願できますか」  緊張しながらもスムーズに声は出た。 「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」  すぐに保留音が流れ、しばらくすると留守番電話に入っていた男性の声が聞こえた。 「お待たせいたしました、水沢でございます」
/1028ページ

最初のコメントを投稿しよう!