プロローグ 就職活動

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「お電話頂いた原田です」 「原田さん、お電話ありがとうございます。早速ですが面接の日時を決めたいのですが、今お時間よろしいですか」 「はい」  電話を右手から左手に持ち替え、ペンを握り締める。 「面接は今週の土曜、1時にさせて頂きたいのですが、ご都合はつきますか」 「はい、大丈夫です」 「ありがとうございます。面接場所は弊社でさせて頂く予定ですので、追ってメールで地図をお送りします。面接の際には履歴書をお持ちください」 「わかしました」 「何かご不明な点はございますか」 「大丈夫です」 「それでは土曜日、お気をつけてお越しください。失礼いたします」  電話を切ると、ふうっと一つため息が出た。思った以上に緊張していたらしい。鞄に手帳とペンをしまい、立ち上がる。早く帰って履歴書を書かないと。  樹はやっと一歩踏み出せた気がした。              *  妖語翻訳事務所は、樹の家から車で小一時間かかる場所にあった。郊外にある山のふもとにあり、事務所の周辺は田んぼや畑が広がっている。 樹は事務所の前方に設けてある駐車場に愛車を停め、ルームミラーで襟元を確認すると緊張した面持ちで車から降りた。 ―――意外におしゃれだな  樹は事務所の建物を古ぼけた小さなビルだと勝手に思っていたが、実際は二階建ての古民家を再生した綺麗なオフィスだった。 瓦の屋根に黒い木の壁。壁の間には等間隔で大きなガラスの窓が設けてあり、解放感がある。  樹はひとまず玄関にむかった。個人宅のような引き戸の玄関で、戸のそばに呼び鈴がついている。樹はためらいがちに呼び鈴を押した。戸の向こうでチャイムがこだまする。 樹がどきどきしながら待っていると、戸がガラガラと開き、髪を後ろでに一くくりにした、ほっそりとした女性が姿を現した。 「すみません、あの、1時に面接の予約をした原田ですが」 「ああ、原田さんですね。どうぞお入り下さい」  女性は僅かに笑みを浮かべ、樹を中へ促した。 「失礼します」  中に入ると全面フローリングになっており、事務所のスタッフは靴のまま作業をしている。部屋は区切られておらず、手前に来賓をもてなすソファとローテーブルが置いてあり、奥の方に事務用のパソコンがのった机がいくつか置いてあった。そのうちの二つのパソコンを、若い女性と壮年の男性が使っている。
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