プロローグ 就職活動

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「どうぞこちらへ」  先ほどの女性スタッフに案内され、樹は来賓用のソファに腰掛けた。黒い革張りのソファは樹が座ると深く沈みこみ、慌てて背筋を伸ばし姿勢を正した。 「お飲み物はコーヒーとお茶、どちらがよろしいですか」 「あ、えっと、お茶をお願いします」  樹の言葉に一つ頷くと「少々お待ち下さい」と言い残し、女性スタッフは部屋の奥へ行ってしまう。樹は気づかなかったのだが部屋の奥の隅に扉があったらしく、女性はその扉を開け部屋のむこうへ姿を消した。  残された樹は落ち着かず、部屋の中に視線をさまよわせた。奥で作業している二人のスタッフは樹を気にする素振りも見せず、カタカタとキーボードを打ち続けている。樹はとにかく集中しなければと目の前のテーブルに視線を戻し、頭の中で面接のシミュレーションを始めた。志望動機に長所と短所、前職を辞めた理由。そこまでを架空の面接官に答えた時、ふと視界の端で何かが動いた。反射的にそちらに目をやる。 「えっ…」  見た瞬間、樹は絶句した。人はおかしなモノを見るとどうやら頭の機能が停止するらしい。樹はただただそいつを見ていることしかできなかった。そいつはテーブルの角からじっと樹を見ていた。大きさは野球ボールほどで、白くほわほわした柔らかな毛でおおわれている。真ん中あたりにゴマのような小さい目が二つついており、その目を樹に向けていた。こんなものを見てしまったらもう面接どころではない。 ―――なんなんだこれ。面接が嫌すぎて幻覚でも見ているのか  いったん目を離せば消えているかもしれない。だが視線をそらした瞬間飛びかかってきそうで、なかなか目を離せないでいた。 「おまたせ致しました」  ふいに背後で男の声がした。振り返ると、先ほどまでパソコンをいじっていた男がすぐ後ろに立っていた。 「私が所長を務める水沢と申します」  考える間もなく樹は反射的に立ち上がり、男に向かってお辞儀をしていた。まさか所長自ら面接をするとは。緊張で高鳴る心臓を抑えつつ樹はゆっくりと顔を上げた。水沢は樹より頭一つ分高く、悠然と笑みを浮かべながら樹を見下ろしていた。水沢の顔を見、樹の鼓動は更に速まる。遠目でも整った顔立ちをしていると思っていたが、近くで見ると男の樹でも見とれてしまうほど均整のとれた美しい顔をしていた。
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