四日目 川の友人

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四日目 川の友人

――――眠い眠い眠い  太郎坊の原稿を訳しながら樹はうとうとと、寝そうになっていた。昨日の帰りが遅かったため出勤時間を一時間遅らせてもらったが、それでも疲れはとれず頭がぼうっとしてくる。久しぶりにフルタイムで仕事をしたからだろうか。今日の仕事が終われば明日は休めるぞと自分に言い聞かせ、樹は再び原稿に目を戻した。 「樹君寝むそうだね」  頭上から声がし、樹は顔を上げた。 「はい、コーヒーでも飲んで」  ぼうっとした顔の樹を見て笑いながら、想が樹にコーヒーを渡した。 「すみません、ありがとうございます」  今日は涼だけが休みで、樹、想、水沢の三人が出勤だった。  樹は熱いコーヒーを一口啜った。少しだけ眠気が覚めたような気がする。 「所長、樹君が寝そうなので何か面白い話をして下さい」 「はぁ?」  想の言葉に水沢は渋面をこちらに向けた。 「あのな、俺だって今仕事中だぞ。そんなことしている場合か」 「でもこのままでと樹君寝ちゃいますよ?所長が樹君に無茶ばかりさせるから。ね、樹君?」  急に話を振られ、樹は想と水沢の顔を交互に見ながら戸惑った。下手なことを言うとまた水沢に怒られる。 「あ、あの面白い話は別にいいんですが、一つ聞いてもいいですか?」  樹が聞くと、水沢は「なんだ」と面倒くさそうに樹を見た。 「その、明喜さんって何者なんですか?昨日会ったんですけど、ソルは怖がるしル―は異様な気配がするって言うし、気になって」 「ああ、明喜か。店長から聞かなかったか?」 「いいえ、何も」  樹が頭を振ると、水沢はすっと表情を戻した。 「そうか…。そうだな、いちおうお前にも言っておくか。明喜はな、鬼憑きだ」 「鬼憑き?鬼ってあの角が生えた?」  樹が手で角が生えているしぐさをすると、水沢は頭を振って否定した。 「鬼とは言っても、お前が想像する額から角が生えて金棒持った奴その者ではない。妖し祓いだかが付けた、ただの仮称だ。未だに詳しいことがわかんなくてな」 「なんですかそれ。でも鬼憑きって言うなら、妖怪に関係はしているんですよね?」 「まぁな。今のところ分かっている事は、鬼憑きっていうのは胎児の時から既に憑いてしまっているらしい。そんで成長するにつれどんどん凶暴化し、最後は人間や妖怪を襲って喰ってしまう。力も強いらしく、妖怪だろうと妖し祓いだろうと、なかなか倒すことはできないんだと」 「怖っ」  思わず樹は叫んでしまった。そんなものがこの世にいるとは。 「いやでも、そんなものいたら人間の世界でももっと騒がれていません?」 「そうだな、今の時代に人が襲われるようなことがあったら大事件だろうな。だが、幕末だか明治初期だかそこらへんでの目撃例を最後に鬼憑きが出たなんて情報は無かったんだ」 「けど、今になって明喜さんが鬼憑きになってしまった…」  樹は全身が粟立つのを感じた。
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