一日目 挨拶回り

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樹の質問を聞いた瞬間、穂村は盛大に笑いだした。俵も陰でふっと吹き出している。 「あれは所長の外用の顔だよ。この事務所にとって大事だと思われる人にはああやって外面良くするの。所長にとって樹君は逃がしたくない魚だったんだねぇ」 「逃がしたくない魚…」  穂群に言われ喜んでいいのか悲しむべきなのか分からなかった。 「でも樹君がここで仕事をするって決めたから、所長は内用の顔に戻したの」 「それにしたって豹変しすぎじゃないですか」 「本性露わにしても逃げないって確証したんじゃない?ね、所長」  穂村はそう言って水沢に笑顔を向ける。 「まあな」  そう言って水沢はにやりと笑う。 「で、他に質問はあるか?」 「え、えーと」  樹は必死に考えるが出てこない。そんな樹をにやにやと見ながら水沢は秒読みを始める。 「3、2、1…時間切れだ」 「え」 「質問が無いなら行くぞ」  そう言うなり水沢は立ち上がり、俵が無言で手渡す外套を羽織った。それから樹を見下ろし、早く立てと目で促す。樹は慌てて外に向かう水沢の後を追った。
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