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僕の話を黙って聞いてくれていた先輩は、眼を瞬かせると、次の瞬間にはニヤリと悪戯っぽく笑った。
あ、こんな表情もあるのか。僕が内心で少し驚いていると、先輩はその笑みを崩さず、口を開いた。
「つまり君は、私に一目惚れしたという訳だ。」
「えっ!」
顔の温度が急激に上昇したのが分かった。仕方ないだろう。なんせ僕はあの時、目の前でニヤつくこの美しい人に、本気で恋に落ちたのだから。
否定も肯定も出来ず、真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせる僕を見てか、先輩は吹き出して笑った。
可愛いな。妙に冷静な頭でそんな事を思った。
「金魚みたいになってる。」
笑いながらそう言われて、僕は思わず両手で顔を覆い、そのまま俯いた。
おかしい。入部した理由を聞かれたから答えただけなのに、なんでこんなにも恥ずかしいんだ。
「……す、すみません…!全部忘れてください…っ!」
「なんで?」
優しい声音でそう聞かれ、僕は恐る恐る顔を上げた。そこには、悪戯っぽい笑みでも、子供みたいに破顔した表情でもなく、とても穏やかな、心の底から幸せを感じている様な表情の先輩がいた。
「私は嬉しいよ。」
「えっ…それって…」
「君が私の演技に惚れて、この部を選んでくれた事。」
私の演技。つまりはそういう事だ。僕が先輩に本気で恋しちゃっている事は伝わっていなかったらしい。少し期待してしまった数秒前の自分の目を覚ましてやりたい。
喜べば良いのか悲しめば良いのか分からない複雑な心境で遠くを見つめていると、急に先輩が席を立ち、座ったままの僕の隣に来た。
シャンプーの匂いが鼻腔を擽り、心臓が跳ねる。また金魚みたいになってるんだろうな、と思う僕の気を知ってか知らずか、先輩はそのまま話し出した。
「役者として、これ以上の幸せは無いよ。だって、君が私の演技がきっかけで演劇部へ入ってくれたと言う事は、少なくとも君は、私の事を役者として認めてくれたと言う事だろう?」
一人で嬉しそうに話をする先輩の姿がとても愛らしくて、つい言葉が漏れた。
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