死に抱かれて

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 だがそれも叶わない。死んだのだ、彼でなく私の父と母が。少ししか手を付けられていない白い麺が夕日に輝く、それを見つめながらも頭は先程キャスターが発した言葉を波のように繰り返す。父が殺された。 「誰がっ」 こんなことを、と続けようとして声が死ぬ。私は犯人を知っている。  それは最も信じたくない、信じ難い人物だった。首から血を忙しく、心臓のリズムに合わせぴゅっぴゅっと噴く父。赤く染まった刃物を持つ一番近くにある手。間違いは無い。私が父を殺した。  「どうした」 倒れた私に彼が呼びかける。返事をすることができない、既に「夢」を見ているのだ。だが変だまだ意識がある。どういう……。  「あなたからしたらはじめましてね彩香」 不意にどこからか声が聞こえてきた、音としてでなく直接語り掛けているようだ。 「何? 何なの、あなたは一体」 動揺を抑えようとするが口調に表れる、それに音を介さず意思の疎通ができていることにさらに動揺する。 「あなたはどんな形であれ少なくとも私を知っているはずよ」 少しおいて彼女はつづける。 「私は利香、あなたの姉よ」 「私は一人っ子よ」 無理やり動揺を鎮め間髪入れずに答える。しかしどうしてか、姉がいたような気がしてきた。その感情は次第に大きくなり、確信へと変わる。そして理解した。 「そういうことか」 「やっと分かったようね、私の脳も使っているのだからもっと早く気づいてほしいものだけど」 「今、私たちの脳は共有されているのね」 もう私は何にも驚きはしなかった今までの謎の答え合わせができるのだ、むしろ清々しい。 「あなた初めに『表』に出た時、自分の名前を書きそうになったわね」 悪びれもせず、いっそ誇らしげに彼女は答えた。 「ああ、あの時は次があるのかすら分からなかったからせめて名前ぐらい書きたかったのだけど所詮私は『夢』、彩香の無意識の内の意識に逆らえず随分と汚なくなってしまったわ」  私は課題に書かれた名前を思い出す。「さんづくり」が一本足りなかったのは「利」をかこうとしてのことだったのだ。それに「采」も読めたものではなかった。  聞きたい事は山ほどあるが時間がない。そう直感した。重要なことを脈絡問わず聞いていく。 「父を殺す時、躊躇わなかったの?」 これは質問でなく、詰問だ。
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