死に抱かれて

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 目覚めたら翌朝だった。いつものように手早く着替え髪を結い、身支度を整える。姿見で身なりを確認していると鏡越しに机の上に置かれた問題集が目についた。昨夜の記憶が蘇る。そうだ、解いてる途中で眠っちゃったんだ。今日提出の課題を終わらせていない。まずい……足早に机に向かい開く。  目を疑った、課題が終わっているのだ。確かに私は眠ったはず、なのになぜ……。恐れつつページをめくる。字が揺れ、うまく読めない。手が震えているのだ。落ち着こう、言い聞かせ手を離す。 「なんで……」 そこには覚えのある景色があった。昨夜私はこの問題を解いた、光景は覚えている。にもかかわらずその時の思考、意識、といったものがすっかり欠如しているのだ。    しかし幼い私は短絡的そして利己的な考えにすぐ走った。今日提出の課題が終わっているのだからいいじゃないか、と。それに記憶が淡いのは眠い目を擦って解いたからだ、と結論した。中学生にとって大事なのは目の前の日々を乗り越えることであり、そのためなら都合のよい飛躍した解釈なんて些細なことだ。実際、登校する時には今朝、手を震わせていたことはもう忘れていた。  学校に着くとそこには日常があった。見慣れた顔、見慣れた教室、何も変わってない。少なくとも私はそう感じた。  ただ強いていうと見慣れぬ奇妙さが一つあった。私の名だ。  私は字が汚いと思っている。謙遜でなく一瞬、判別がつかない程の汚さだ。だが自分の名前だけは丁寧に書く。幾多ある語の中で、それだけは私に固有で、唯一所有できる語だと感じていたからだ。  にもかかわらず、提出課題には酷く汚い字で私の名があった。筆を口に咥え書いたように「彩」と。「彩」に続く「香」は綺麗に書かれているのにだ。  もしかすると私の名を知らない人はこの「彩」を読めないかもしれない。何せ「さんづくり」が明らかに一本足りないのだ。だが私は深く捉えず、疲れていたのだ。と早々に決め付け、それ以上何も考えなかった。
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