第1章 当惑

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 田代淳二が書類をめくりながら、急ぎ足で文江のところにやって来た。 「社長、この案件なんですが……」 彼は20代後半。事務や経理を担当し、全てが潤滑に進むように取り仕切ってくれていた。黒い瞳とがっしりとした筋肉質の体型は女好きするタイプだったが、昨年、美しい女性と結婚したばかりの愛妻家だ。決まった相手がいる男性とベッドを共にする勇気は茅那子にはなかった。  金子道彦は膝にスケッチブックを乗せて、仕事をしていた。彼は40代半ばで、広告とマーケティングを担当している。頭の中央はすでに毛がなくて落ち武者のようになっていた。中年太り気味だが、笑った時にできる目尻のシワが人の良さを表している。彼は兄のような存在であり、一緒に裸になっている場面は想像することさえできない。  後藤喜一はコーヒーを入れたマグを片手に製図板の前に座った。彼は30代半ばで独身だ。見栄えのいい容姿をしていたが、頭脳明晰な野心家で、他のスタッフと違って、自分の私生活を口にすることはなかった。仕事と遊びは完全に混同しないようにしているらしい。そんな彼と一線を超えることは考えにくい。  林栄一は茅那子と同い年の建築技師だ。周囲の人間とうまくやっていく資質を備え、積極的な性格だった。紳士らしい態度で接してくる彼には、真剣に付き合っている女性がいるという噂だった。ということは、彼とベッドを共にする可能性はゼロとなる。
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